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なぜ海は体にいいのか?~海洋療法と観光の融合をどう図る~

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なぜ海は体にいいのか?~海洋療法と観光の融合をどう図る~

ヒポクラテス海の治療の場

医学の祖ヒポクラテスは海水を治療に用いていた

出典:総合物流情報誌KAIUN「海運」No1054:77-80(2015)

琉球大学大学院観光科学研究科
ヘルスツーリズム分野
教授 医学博士 荒川 雅志

「海洋療法」とは何か

海が人体に好影響を及ぼすことは、人類文明の黎明期から経験知として存在していた。それを紀元前のギリシャで医学の祖ヒポクラテスは臨床と観察による経験科学に昇華し、実際の治療に用いていた。中世から近代にかけて数多くの医師、研究者らによって、海辺の気候や海水の直接利用によるヒトへの効果実験や臨床応用がおこなわれていた記録がある。四方を海に囲まれた我が国においても、古来より海は治療に用いられてきた。病気治療のための海水浴は“潮湯治”(しおとうじ)と呼ばれ、民俗学的事象として伝承されてきた記述が江戸期の文献にみることができる。19世紀頃からはヨーロッパ全土の海岸部を中心に海洋療法センターが建設され、現在、世界には260を超える海洋療法施設、併設ホテルが存在している。

海外ではギリシャ語のthalasso(海)、フランス語のtherapie(治療)の造語で“タラソテラピー”(Thalassotherapy)と呼ばれている。現代における海洋療法とは、「海と海洋性気候、さらには海藻や海泥なども含めた海の恵みを総合的に活用して、心身に総合的に作用する治療、または健康増進のための方法」と定義され、清浄で汚染されていない海洋環境下で行われることが重要な成立条件である。海洋療法の先進国フランスでは、医療機関との併設がみられ保健が一部適用されるなど現代西洋医学との融合も図られている。

海洋療法の分類、作用機序を整理すると、大きくは直接利用と間接利用に分けられる(図1)。海水によるハイドロセラピー(水治療法)、海水の浮力や水圧を活かしたマッサージや水中運動などは、文字通り海水に直接接することで物理作用、薬理作用、さらには心理作用が期待できる。海水由来の素材を直接用いるものに、海藻療法(アルゴテラピー)、海泥療法(ファンゴテラピー)がある。海藻には肌の性質を整える微量元素、ビタミン等の含有量が豊富で、海泥は吸着効果に優れる特性があり、これらを皮膚に直接塗布することで美容効果、温熱効果が期待できる。一方、間接利用には、起伏に富んだ海岸沿いでの運動(地形療法)や海洋性気候への転地滞在(転地療法)があり、心身両面への作用が期待される。また、海洋動物が持つ特性を「アシスト」の役割に活かすものにイルカ介在療法がある。発育発達障害、ダウン症、脳性麻痺、自閉症、うつ病などに対する心理作用効果が近年大きく注目されている海洋療法のひとつである。このような分類、手法、作用機序は基本的には温泉療法と類似するものが多い。

図1. 海洋療法の分類、手法、作用機序
方法 要素 関連療法 手法 主な作用機序
直接利用 海水 ハイドロセラピー 水圧、振動、マッサージ 物理・心理作用
浮力(フローティング) 物理・心理作用
水中運動療法 摩擦抵抗、水中運動 物理・心理作用
温浴療法・サウナ 温熱刺激 物理・心理作用
皮膚への海水成分浸透 薬理・心理作用
海水蒸気や海水陰イオン吸入 薬理・心理作用
 海藻・海泥 温熱刺激(パック)、マッサージ 物理・心理作用
皮膚への成分浸透 薬理・心理作用
間接利用 海洋性気候 地形療法 海岸周辺の運動療法 物理・心理作用
転地療法 海洋環境下への転地滞在 物理・心理作用
海洋性動物 ドルフィンセラピー イルカ介在プログラム 物理・心理作用

なぜ「海」は体や心の健康によい影響を及ぼすのか

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海藻療法(アルゴテラピー) 写真:©ザ・テラスホテルズ

海辺で過ごすひとときには無条件の安らぎや癒しを感じることには異論はないであろう。海水の成分比が妊娠中の母体の羊水と近いといわれることから、その安らぎ、癒しの根本にあるのは安心に包まれた母なる体内への回帰、さらには生命誕生の起源にもさかのぼるものからでは、という説もある。また、押し寄せる波のリズムには「揺らぎ」があり、私たちの体のリズム、体内の鼓動や呼吸のリズムにも揺らぎがあり、同じような揺らぎを心地よいと感じるという説もある。こうした説には壮大な神秘性を感じ、感覚的にも受け入れたいところではあるが、科学的な証明はもう少し先のようである。
現代人の多くが大なり小なり不調を来たしている時代、西洋医学のみでは解決が困難な慢性疾患や不定愁訴に対し、免疫力、自然治癒力を高めることで根本的解決を図る自然療法へ世界が注目しはじめているが、現代西洋医学における海洋療法研究は途上にある。人類有史以来の経験科学に基づく海洋療法の様々な可能性について、現代西洋医学の観点から十分なエビデンスが確立していなく、西洋医学以外の医療、いわゆる補完代替療法(Complementary and Alternative Medicine:CAM)に分類されている。我々が過去に実施した医学系文献データベースレビューの結果では、皮膚系疾患、リウマチ疾患、腰痛改善等の事例研究が散見される程度である。

沖縄の海洋療法施設

海洋療法温浴施設 写真:©かりゆしカンナタラソラグーナ

日本の海洋療法施設は1990年代後半より海外事例を参考に導入が始まり、全国には26の健康増進型施設、タラソ施設併設ホテルが存在している(平成20年筆者調べ)。地域別では九州・沖縄に最も多く、次いで四国と、過半数は西日本に存在している。我が国に海洋療法施設、併設ホテルが意外にこれほど多いこと、アジアでは最大であるといった事実は国内および世界的にもほとんど知られていない。日本でのこうした施設のほとんどは健康増進温浴施設、観光レジャー施設に留まっており、欧州での海洋療法の長年に渡る臨床の蓄積の歴史、地域医療に根差した普及に比べ、日本ではまだ日が浅く、その様々な効能効果について科学的根拠に基づく検証は始まったばかりである。
我々は沖縄の海洋療法施設の協力を得て、海洋療法の効果検証や海洋療法プログラムの研究開発を進めている。検証の多くは現代西洋医学の根拠になり得るよう研究妥当性階層で上位の無作為化比較試験を基本デザインに採用している。これまでの研究では、高齢者の日常生活体力(ADL)機能向上、睡眠の質的改善効果、メタボリック関連指標の改善効果、精神安定作用、ストレス軽減の効果、不定愁訴の改善に一定の成果を得た。ただ海を眺めているだけでもリラックスするかという仮説の実証にも、かつて取り組んだことがある。リラックスを示すα脳波の出現具合を指標とするもので、色鮮やかな美しい海を眺めていたグループの方が有意にα波成分が多く検出されるという結果であった。美しい海の景観を眺めるだけでも血圧の低下や脳活動が鎮静化する作用をもたらすことは他の研究チームでも報告されている。

WATSU(ワッツ)沖縄WATSUセンター提供_edited-1

WATSU(ワッツ)写真:©沖縄WATSUセンター

近年注目される海洋療法のメニューのひとつに、指圧をルーツに水圧と手による施術を組み合わせたリラクゼーション法WATSU(ワッツ)がある。海洋プールに浮遊し、全身の力を抜いてセラピストに体を委ね、水流と自由でダイナミックなストレッチによって肉体的な解放感と瞑想状態を導くもので、その心身両面に与える効果についての検証を我々は進めている。不眠の女性20名を対象に、WATSU群、対照群に無作為に割り付け、WATSU群は40分間の同プログラムを1週間実施した結果、不眠の有訴率は実施前と比べ減少し、睡眠脳波による解析ではWATSU群に夜間睡眠の質的改善が認められていた。

海洋療法の観光への応用
~海洋ウェルネスツーリズムの展開~

近年、日本に登場した新しい観光形態(ニューツーリズム)のひとつ、健康をテーマとする観光「ヘルスツーリズム」に取り組む地域が全国的に広がっている。観光立国推進基本計画(平成19年)によると、ヘルスツーリズムは「自然豊かな地域を訪れ、そこにある自然、温泉や身体に優しい料理を味わい、心身ともに癒され、健康を回復・増進・保持する観光形態」と定義される。ヘルスツーリズムでおこなわれる様々なプログラムは自然の利活用が多く、その中心に温泉療法とともに、海洋療法や海洋環境を活かしたプログラムも数多くみられる。地域との共同研究では、海岸沿いを歩くビーチウォーク、素足で砂浜を歩くサンドウォークをこれまで開発してきた(写真1)。海水湿気を含んだ海風を浴びながら海岸線など起伏に富んだコースを歩くことで酸素消費量が増加し、新陳代謝を高める働きがあり、自律神経を安定化させる作用のあることが報告されている。海水に直接触れずとも、海洋施設がなくとも、清浄で美しい海浜環境を有する地域であれば海洋療法の効果を十分享受できるものである。

海洋療法 ビーチノルディックウォーク サンドウォーク

写真1. 海岸地形を活かしての海洋療法(ビーチノルディックウォーク、サンドウォーク:琉球大学研究開発)

また現在、海洋性の食材をアレンジして魅力を創出する美と健康の食養生法(スパキュイジーヌ)や、健康長寿者のライフスタイル、その知恵といった資源を活かし、地域の伝統文化と海と健康をテーマとしたヘルスツーリズムのモデルを作成している。

海洋ウェルネスツーリズム(タラソウェルネス)の構成要素

  • 非日常的空間への転地・演出
  • 海洋性気候・風土
  • 海洋自然を活かすアクティビティ/セラピー
  • 海洋性島食材によるキュイジーヌ
  • 地域とのふれあい(文化・伝統芸能)
  • 安心安全サービス

滞在モデルプラン(オプションを含む)

起床

  • 朝の光を浴び生体リズムを整える(ビーチウォーク)
  • 海風を浴びながらのヨガ呼吸法レッスン

午前

  • 海洋性・島食材によるヘルシー朝食
  • 海岸地形療法アクティビティ
  • スローフードランチ

午後

  • (フリー・体験型観光)
  • スパトリートメント
  • 海洋性・島食材によるヘルシーディナー
  • 文化芸能の鑑賞、文化交流

こうしたモデルを通し、豊かな海洋資源を健康資源として最大限に利活用を図る、日本発、“海洋ウェルネスツーリズム”を提唱したいと考えている。

高度情報化社会、都市型ライフスタイルの進展によるストレス社会の現代、生命誕生の根源である「海への回帰」が海洋療法の原点にある。欧州諸国でみられる3、4週間ほどのまとまった長期休暇の過ごし方には、疲れを芯から取り除き、人生に活力を与える海辺の保養地への転地として定着しているケースもある。年間を通したライフサイクル、さらには人生設計の中に不可欠なものとして海洋保養は位置づけられているといえる。
日本は四方を海に囲まれた海洋国家であり、長い歴史を通じて海との共生を果たしてきたが故に、豊かな海洋資源を健康資源として活かす知恵が求められている。海の健康資源としての価値を見出すことで、現代の日本が抱える課題解決、医療費適正、さらには次世代ヘルスケア産業創出、観光との融合による地域活性・地域創生への期待も高まる。海が新たな価値を生みだしていく過渡期を今まさに歩んでいるのではないかという気がしている。

著者紹介

荒川 雅志国立大学法人琉球大学
観光産業科学部
ヘルスツーリズム研究分野
教授 荒川 雅志
日本のヘルスツーリズム研究、ウェルネスツーリズム研究の第一人者、海洋療法学者。医学博士。日本の大学で初のヘルスツーリズム論開講。専門は応用健康科学、疫学。wikipedia

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